1974 in Vienna and Hamburg, studied by Rudolf Hausner and Ernst Fuchs.(-’78)
1993 ‘Art Works by Tsunemasa Takahashi’ published by Tokuma-shoten
info@takahashitsunemasa.com
新鮮な卵をビンに落とし、よく振って、ダマーニスと防腐剤を加えるとエマルジョン=乳剤(水にも油にも混ざる性質を持つ)ができる。
顔料を水で練ってそこにこのエマルジョンを練り込むとテンペラ絵の具になる。
ハードボードにアクリルジェッソを塗ったものに、この絵の具(ライトレッド)を重ね塗り。乾燥後、ダマーニスを塗って下地の完成。
下地が乾燥するのを待って(約2日)、カーボテロパステル鉛筆で直接デッサンをする。ミスした線、不要な線は、指でこすると簡単にとれる。
デッサンが終わったら、線を定着するため、テンペラのチタニウムホワイトで線をトレースしてゆく。これが下絵になる。
全体にペインティングメディウムを塗る。これから塗る白テンペラの絵の具を画面にしっかりくわえ込ませるためである。
画面に塗ったメディウムが乾かないうちにベタベタする状態でホワイトによる描き込みを終わらせる。たっぷり一日は大丈夫。
色調に暖かみを持たせるため、全体にイエローオーカー(+白)を塗る。
空の色は、油絵の具のトルコブルーにジンクホワイトを混ぜた色。初めは薄く塗ってゆく。
服はホワイトにクリムソンレーキを混ぜた暖かみのある白。しばしば指で刷毛目をボカす。
白の中のハイライトにテンペラの白を使うと際立って見えて効果的。
森の緑。ここは刷毛目をわざと残す描き方。この段階では、初めに描いた画面各部の明度バランスをこわさないように薄く着色してゆく。
色を平坦に塗っても、下地の色が透けて見えるので、諧調を感じる。
顔は刷毛目が出ないように、少量の絵の具をこすりつけるように薄く塗ってゆく。シャドウ部の“暗さ”は他のモノのシャドウ部とのバランスをとりながら決めてゆくことが大切。
高橋さんが右手を置いている棒を腕鎮(わんちん)とか、ブリッジとか呼ぶ。棒の先とイーゼルの頭部が長さ1mのひもで結ばれていて、バタンと倒れたりしないところがミソ。油絵は表面の乾きが遅いので、大変便利な道具。ブリッジの考え方は机の上で絵を描く場合にも、応用できそうだ。
目の周辺の細かなシャドウ部を描き込んでゆくと、両瞼、目のふち、睫毛の生えぎわなどの輪郭がくっきりしてくる。
すでに金髪のイメージはできているが、濃い茶の線を描いて強調。
バックを髪にかぶせて塗ったので周辺部を線で描き起こしてゆく。
頬に赤味をさすと人物が生きてくる。鼻、耳、指先などにも入れる。シャドウの中のライト部が描き込まれて、上の写真と比較してみると鼻の形などがはっきりして、立体感も強調された。
再びテンペラ絵の具を作る。ジャムのビンが卵メディウム。水羊羹のケースに顔料が入っている。
光を受けた葉のキラキラ。テンペラが油絵の具に溶け込まないので浮きたって見える。
1:第1日目=パステル鉛筆でデッサン。線を整理し、テンペラの白で下瞼を完成させる。
2:全体にペインティングメディウムを塗ってから、テンペラの白でハイライトからライト部への諧調を描く。
3:画面各部の色に合った明度バランスを作るのがポイント。質感も表現される。
4:第2日目=全体にイエローオーカーをかぶせる。
5:第3日目=バックと人物の服に、油絵の具のジンクホワイトを塗り、服はテンペラの白でハイライトを起こす(写真では右側のみ)。
6:全体に薄く色をのせる。手前から奥へ、暖色→寒色系の色にして奥行きを出す。
7:第4日目=顔、髪など描き込む。空、森などの色が濃くなる。
8:第5日目=仕上げ。顔、服の模様、手など仕上げる。
テンペラのカドミウムイエロー、イエローオーカー、ホワイトを混色したクリーム色を金髪のハイライト部に。ツヤ、輝きが出る。
髪のハイライトの左半分を描きあげた状態。このような使い方の場合に、テンペラ絵の具が大きな力を発揮することが確認できる。
新しく三角錐を描く。顔から天へを肌色が続き、テーブルの色も同様の明度なので、この位置に何らかの”抑え”が必要になったのだ。
完成 絵の具はすべて薄塗りなので、下地のライトレッドが完成作品の色調に大きく影響している。
バックの空色が少し薄く、ニブイ感じなので、やや鮮やかな色を重ね塗り。
山の襞、服のシワの方向性が強すぎるので逆向きの模様(パターン)を。
金髪のボリューム感に合わせて顔のシャドウ部を少しずつ強く。
頬や鼻などの他、目頭、眉毛の生えぎわなどにもピンクを。
眉毛は、シャドウ部として描かれたグレーのラインの上に、斜めの線を並べて描いてゆく。
最終仕上げは目。白目から黒目にかけて光の映り込みを強調。透明感、濡れた感じが出る。
原寸大に印刷。最初に塗ったライトレッドの効果なども見えて、色の深みを感じさせる。
仕事場=大きなイーゼルの右側に油絵の具と、そのためのガラスパレットなど。左側にはテンペラ絵の具関係の材料が整理されている。ちょうど個展のための作品を準備している時期で、描きかけの作品が数点見えている。
1:ライトレッド(下地)、テンペラの白、イエローオーカー+ジンクホワイトでこんな色になる。下描きに黄色フィルターをかぶせたという感じ。
2:肌色を塗っても下描きの各色が透けてみえている。
3:肌色にグレーを加えた色でシャドウ部を描く。
4:グレーの中のライトをホワイトで起こしてゆく。
5:描き込み。下地の色、黄色いフィルターの色が全体の色彩に影響し、統一感のある画面を作る。
水て描けるというテンペラ絵の具のメリットを利用しながら、油絵の中に、テンペラの持ち味を生かしてゆく高橋さんの混合技法を公開。
テンペラという言葉は誰でも知っているし、テンペラで描かれた作品を見る機会は多くあるのだが、自分もそれで描いてみたいと思った人は少ないのではないだろうか。古典技法の中の一つという知識はあっても、自分にとっての画材という意味では、ちょっと馴染みが薄いのは事実である。
しかし、それはどうも「日本では」という但し書きが必要のようだ。高橋常政さんは留学中のドイツで、幼稚園の子供たちが”図画”の時間に卵を溶いて絵の具を作っているのを、実際に見てきたそうである。また本誌でも紹介したロバート・M・カニングハムのように、アクリル絵の具と併用して、とくにシャープな線が欲しいときに、テンペラを使っているイラストレーターもいる。
今回のHow to DRAWでは、油絵の具とテンペラを併用して描く、高橋さんのミックステクニック(混合技法)をルポする。テンペラを部分的に使う技法なので、絵の具を作るのも、ちょっとした息抜きになるという感じで、「面倒臭そうだ」という印象は全くなかった。
高橋さんはテンペラ絵の具のマチエールがとても気に入っている。最近では、発色のよさを含めて、自分の絵の世界に合っていると考えるようになってきた。テンペラ絵の具は、そのメディウムであるエマルジョン(乳剤)が、水にも油にも溶けるという性質を持っているため、描くときは水で描けるというのが特徴である。そして乾くと耐水性となり、油絵の具を重ねることもできる。水で描く部分は乾燥が早いので、絵を描く時間を、相当短縮できるというのが大きなメリットである。
まず卵を使ったテンペラメディウムを作るところを見せてもらった。しかし、これには何のテクニックもいらない。新鮮な卵を割ってビンの中に落とし、卵黄の白い班点(目) や、穀と卵黄を結んでいるものをピンセットで除いてから、泡だたないように静かにビンを振って、よく混ぜる。次に、ダマーニスを卵に対し、1~1.5の割合て加え、もう一度よく 振ってマヨネーズのようになるまで混ぜる。最後に防腐剤を5~10滴(全体の1%ぐらい)入れて、できあがり。
顔料を蒸留水に溶いて練り、この卵メディウムを加えて練りあげると、これがテンペラ絵の具になるというわけである。 プロセスだけでは、あまり簡単すぎるようなので、耳慣れな い言葉を整理しておこう。
【ダマーニス】
ホルベインのGUM DAMMAR(天然ダンマ ル樹脂)で自作する。金づちなどで細かく砕いたダンマル樹脂(粉状にしないことがポイント。粉にすると逆に溶けにくくなる)をナイロンストッキングなどに包み、糸で縛って、 ティーバッグで紅茶を作るようにテレピン油の中に入れる。ダンマル樹脂とテレピン油は同じ重量ぐらい。2~3日で樹脂が溶解するが、途中で何度か糸を上下して(これも紅茶を入れるときと同じ)溶解を促進する。溶解液をコーヒー漉紙で漉してゴミを除く。これがダマーニスである。
【防腐剤】
市販品を使った(ホルベイン Artist’s pigment preservation)。酢を使う方法もある。
【蒸留水】
水を煮沸して作ってもよいが、精製水の名称で薬局で売っている。
【顔料】
テンペラ画でいちばんやっかいなことと言えば、使う色数分だけ顔料を買ってきて、自分で絵の具を作らなければならないことだろう。しかし高橋さんの混合技法では、テンペラを使う目的がはっきりしているので、そう多くの色数の絵の具は作らなかった。テンペラだけで描くときも、15色ぐらいあれば充分ということである。テンペラ絵の具は、メディウムの原料である卵が腐食してしまうので、長期間の保存ができない。したがって、使う分だけその都度作るのが経済的である。高橋さんは、顔料を蒸留水で練った状態で密封容器に保存し、使うときに別のビンに保存してある卵メディウムと練り合わせて、絵の具を作っている。
【ペインティングメディウム】
もうひとつ、油絵の具で描くときに絵の具を溶かす、いわゆる溶き油を作っておく必要がある。高橋さんの処方は、サンシックンドリンシードオイル、ダマーニス、テレピンを1:2:2の割合で調合したもの。薄塗りで描くのに向いた処方で、乾燥が早く、ネバつかずサラサラしているのが特徴である。意識的に乾燥を遅らせたいときなどは、生のリンシードオイルを増やしたりする。
〈注〉テンペラメディウムその他の作り方(処方)はいろいろある。人によって、目的によって違うものなので、ここで紹介するのは、あくまで高橋さんの今回の絵のための処方である。
●この程度の簡単なスケッチをもとに、直接ボードに描き始める。
●白い面が合わさる部分は、手前から奥へ、明→暗の諧調をつけて描く。
次に下地作り。高橋さんは、ハードボードに絵を描く。ハードボードは、壁面などに使用される建築材料の一つで(商品名ミツイボード)ベニヤ板の大きさで売られているもの。ソリが少なくて使いやすい。少々重いが、シナベニヤなどと比べるとずっと軽い。ノコギリで、描く大きさに切って使う。今回の絵の大きさは36.5cm×51cm。
これにまずアクリルジェッソを塗る。刷毛目が出ないように、最初は薄めたものを。タテ、ヨコ、タテ、という具合に三回塗りしてから、表面を紙ヤスリでこすって仕上げる。水やすりなどで、表面をツルツルにしてしまうのは、この場合よくない。全体を粗面にしておくのは、吸い込みをよくして、ひっかかりによって絵の具をしっかり固着させるためである。これで、ふつう下地は完成なのだが、高橋さんはテンペラのライトレッドを全体に塗ってしまう。これもムラができないように手早く、2~3回塗りで終らせる。人間、それも女性の顔を描くというのに、このライトレッド(茶褐色)は一体何だろうという感じだ。
絵の具が乾いたら、ダマーニスを塗って有色下地(インプリマトゥーラ)の完成。ダマーニスを塗るのは、ライトレッドの色を定着するのが目的。あとで絵の具を塗っていって、失敗したときなどに、水を含んだ布で画面をこするのだが、定着してないと、下地の色までとれてしまうことがあるのだ。
乾燥に2日ぐらいおく。今回の取材ではテレビの料理番組の要領で、事前に作っておいてもらった下地を使ってすぐ次の段階に入ってもらった。
カーボテロパステル鉛筆の白で、画面に直接デッサンを始める。ダマーニスが塗られている表面はツルツルしていて、消したり描いたりが自由にできる。デッサンのもとになったのは、メモ用紙にナインペンで描かれたスケッチ。タテヨコ5cmぐらいの、イメージとかかたちを覚えておくためのメモ程度のものである。今回の絵は個展(11月16日~29日・青木画廊)のための作品で、特別な課題とか制約がないということもあるが、いつも資料を参考にしたり実物を見て描くことはほとんどないのだそうだ。「写生は苦手ですね。自分が描こうとする形が実物に負けちゃうんですよ」
デッサンを描きあげたら、パステルの線は、そのままでは消えやすいので、上からテンペラ絵の具のチタニウムホワイ卜でトレースしておく(この場合、ジンクホワイトは透明度が高いので不向き)。茶褐色の下地の上に、人物の顔と背景の山、テーブルなどがシンプルな線で描かれている。
いよいよ色を塗り始めるのかと思ったが、色の絵の具はまだしばらく使わないそうだ。まず、画面全体にペインティングメディウムを塗る。全体がベタベタの状態になって、これから塗る絵の具の付着力を強めるという役割を果たす。このベタベタはたっぷり一日は乾かない。その間に、今日の分の仕事を終らせるのがいい。
●絵を描くとき、筆の動きにしたがって舌を出してしまうのがクセ?
●ホワイトで「光」を描く段階から質感も表現する。顔は太筆で画面に叩くようにして、点の集まりで描いてゆく。
チタニウムホワイトでハイライトからのグラデーションを作りながら、モチーフの各部のかたちを描き始める。最初にホワイトを使うのは、絵の中で光の当たっている部分を先に描くということである。ホワイトで描けるのは、下地に比較的暗い色(茶褐色)が塗られているためである。この有色下地のことをインプリマトゥーラと呼ぶ。
インプリマトゥーラは、後から塗られるさまざまな絵の具の色に影響を及ぼして、絵全体の色彩の統一感を作りだすという効果がある。昔からある技法の一つで、例えば人間を描くときは、有色下地の色はテールベルト(鶯色)を使うというような定石もある。高橋さんもいろいろ試してみて、自分の好みとしてライトレッドに決めた。いまは、どんな絵の場合にも、ほとんどライトレッドを使う。
グラデーションで描く部分は、穂先を斜めにカットしてヤスリで整えた筆を使い、トントンと画面を叩くようにして、白い点を作ってゆく。これでボカシが描けるのである。下の色が中間色なので、ハーフトーンがラクに描けるという。シャドウ部は、下地の色がそのまま見えている。
髪は、毛先が痛んで不揃いになった太筆で描く。絵の具を筆にとり、手で毛先を広げてから画面を走らせると、太さのさまざまな線が描けて、そのまま髪のウェーブの感じになる。バックの山や服の部分は、最終的に白くなるところなので、比較的厚く絵の具を塗っておく。ここは平行な線を並べて描いて調子を出した。このように筆の使い方、塗り方によって、ある程度の質感表現も可能のようだ。
重要なことは、この段階で絵全体の明度バランスを作ってしまうことである。色を塗っても、このバランスはくずさない。だから逆に、どこをどんな色にするか、あらかじめ決めておかなければならないということでもある。
シャドウ部や、ごく暗い色を塗る部分(森のところ)にはホワイトが全然入っていないが、最終的にはここにもごく薄く絵の具を塗る。全くホワイトを入れないでおくと、そこだけ冷たく感じることになるのである。
ここで一晩乾燥させる。そして翌日、油絵の具のイエローオーカーにジンクホワイトを混ぜて少し不透明にした色を、画面全体にこすり込む。この時の絵の具は、ペインティングメディウムの中の油脂分(リンシードオイル)の量を必要最小限にする。最初に塗る色は油脂分を少なめにし、徐々に多めにしてゆくのが油絵の描き方の原則なのである。逆にすると、画面にヒビが入る原因になる。
有色下地にホワイトで描いた状態〈ここまでを、便宜上、「下描き」と呼ぶことにする〉の上に、なぜイエローオーカーを塗るのだろうか?
高橋さんによると、これから塗る色の全体的な色調に、暖かみを持たせるためである。これをやらずに塗った場合の色と比較すると、はっきりその違いがわかるそうだ。いちど冷たく沈んだ部分を暖かくするのはとても難しいが、その逆は比較的簡単なことなので、たいていの場合に、まずイエローオーカーを塗ることにしている。
●全体的にイエローオーカー。手のヒラで画面を押えて刷毛目を消す。
●全体に黄色を塗ったあと、バックを中心に再び白テンペラ。塗った部分は、後で寒色系の色調になる所。
●服地のシワなどの立体感を表現。線を並べて描いて質感を表現することが多いが、線は徐々に細くなる。
●絵の具が付き過ぎてできるたまりを散らしたり、筆のあとを消したりする。指と筆を交互に使う感じ。
このイエローオーカーは、ホワイトでハイライトを描くときに少し混ぜて使うと、ハイライト部が粉っぽくなるのを防いでくれるという効用もある便利な色である。高橋さんの場合は、混ぜて使うかわりに最初に塗ってしまうのだ。絵が、黄色のフィルターをかけたような世界に一変する。
第3日目。テーブルと人物の部分(つまり画面の中で手前にあるもの)以外のところに、再び白テンペラを薄く塗る。塗った部分が冷たい感じになって奥へ引っ込み、その分だけ人物がぐっと前に出てきて、色調による奥行きの差ができる。
空の色から塗り始める。トルコブルーにジンクホワイトを混ぜた色。すでに描かれた下描きのタッチを生かしながら、薄く色を塗る。次は、ジンクホワイトにこの空色を少し混ぜてやや冷たい感じのホワイトを作り、バックの山を塗る。右半分の色を塗り終わったところで、すぐに山の襞を描く。ボカシが必要なので、前の色が乾かないうちに新しい色をのせるわけだ。この場合、新しく塗る色のメディウムを少なめにしてやると下の色に広がりやすい。左の山も同様にして描く。
こんどはジンクホワイトにクリムソンレイクを混ぜ、ピンク系の、暖かみのあるホワイトで服の色を塗る。服のハイライトは、最高に強く、ぐっと手前に出てくるような感じに描きたいので、テンペラのチタニウムホワイトを使った。テンペラ絵の具を使ったこと、そしてチタニウムホワイトを使ったこと、それぞれに理由がある。チタニウムホワイトは、ジンクホワイトに比べてやや冷たく、金属的な感じがするが白の被覆力の点ではジンクより優れている。そして、下の白が油絵の具の白であるところへ、性質の違うテンペラ絵の具をのせることで、下の色に溶け込まず、上にのったままの状態になるので、クッキリとしたハイライトが描けるのである。これが、高橋さんのテンペラ絵の具の使い方の基本のようだ。
森の緑を塗る。誰にも苦手な色があるようだが、高橋さんの場合はグリーン。「隣りにくるべき色がわかんなくなっちゃう」から。3種類ぐらいのグリーンを作って、両面に塗っては布で拭きとるということを繰り返してようやく決まった。
細い筆に絵の具を少なめにつけて、画面をこするようにして塗る。塗りムラというか、筆の跡を残すやり方で、うっそうとした森の感じを出しておこうというわけである。
手前のコップなどのオブジェに、それぞれ暖色系の色を塗る。暖色系と寒色系の色をはっきりと使い分けているようだ。手前のテーブルは、下描きにイエローオーカーを塗った状態の色をそのまま生かした色にするつもり。これは暖色。服が少しピンク系の暖かみのある白。そのすぐ後ろが、やや冷たい感じのグリーン。その後方がブルー系の白(寒色系)。空はトルコブルー(寒色系)。
このように大きくは、手前にあるものから後方へと暖色系から寒色系の色へという配色関係で、画面の奥行きを感じさせるという計算である。画面の奥行き・立体感は、まずデッサンで表現される。構図的な工夫(例えば、人物の肩のバックには、暗い色のものを配するとか)もあるが、配色バランスも重要な要素になるのだ。
顔の肌色も、最初は肌色のフィルターを1枚かけたようにほとんどグラデーションなしで薄く塗った。ところが不思議なことに、塗り終わってみると、それでもう顔が充分に描けているように見えるのだ。有色の下地とホワイトによる下描きがきいているのだ。シャドウ部を強調するために、グレーっぽい肌色を重ねる。
髪は、まだ何も手をつけていないが、ここも下地のライトレッドや、ホワイトによる下描き、その上に塗られたイエローオーカーなどの要素がからまって、すでに金髪のイメージができあがっている。初めから金髪を描くという予定ではないのだが、すでにできているイメージを生かすことにした。
こげ茶色(ブラウンマース+黒)を、白い線以外の部分、つまり下地の色が見えているところに入れて、コントラストを強くすると、髪の重なりの感じがでてくる。
これで、画面全体にひととおり絵の具が入った。大部分は油絵の具なので、画面全体が濡れている状態になり、これ以上色を重ねることができなくなるので乾燥を待つことにする。
第4日目。毎朝必ず表面に付着したゴミやホコリを、カミソリの刃で取り去ることから仕事を始める。刃を直角に立てて画面をこする。あまり力を入れる必要はない。ホコリは簡単に落ちる。これをやっても画面を傷つけることはない。逆にこれをやらないと、ゴミが絵の具の中に埋まって、目立つ汚れになってしまう。
森のグリーンをもう少し鮮やかにするため、透明描法(グラッシー)で色を重ねる。だいたいにおいて、下描きの上に一回色を塗った状態では、全体になんとなく粉っぽい感じがするものなので、たいていは2回や3回は色が重ねられてゆく。それによって、次第に深みのある色が得られるのだ。
顔の描き込みに入る。暖かみのあるグレーを作り、シャドウ部を1段ずつ濃くしてゆく。細い線を描いて、すぐに太めの筆でボカシしてゆく。もちろん太筆には絵の具をつけない、ドライブラシの技法である。
相当に細かなシャドウ部まで描き込みが始まる。眼、瞼、眉毛の生えぎわの部分(下瞼はこれが見える)などが、次第にハッキリしてきて、特徴のある顔の表情がでてくる。
さらに頬紅のピンクを入れると、急に生き生きと健康的な顔色になる。頬の他、鼻の頭、目頭、眉毛の生ぎわなどにも丁寧に赤味が入れられてゆく。「耳ってのが意外と赤いんですよね」ということで耳にも。
指のシャドウ部が描かれると、手の重なりが立体的になってきた。実はこのちょっと妙な手の重ね具合に興味を持ったのが、この絵を描く動機になっている。Van der Weiden(16世紀 フランドル地方の画家)の作品集の中の、肖像画にあったものだ。下側の手が描きにくい感じなので、そのままにして先へ進むことにした。口の周辺もあいまいなままになっている。
再びテンペラの絵の具を作る。ビリジャングリーンとイエローオーカー。この2色に、ホワイトを混ぜて明るいグリーンにし、森の中にテンテンを描いてゆく。光を受けた葉のキラキラの表現のようだ。「やらないよりいいみたいてしょ?」
木の1本1本の立体感。木と木の重なりが、これで表現される。ここにテンペラを使うのも、前と同じ理由である。ポツポツと小さな点を一度描いただけで、クッキリと浮きたってくる。
金髪のハイライトもテンペラ絵の具で描く。カドミウムイエロー、イエローオーカー、ホワイトで作ったクリーム色がハイライト部に塗られると、これはもう効果抜群だ。ツヤとか輝きが感じられるようになる。
テーブルの上に、新しく三角錐を描くことにした。顔から手へと肌色のマッスが続き、テーブルの色との明度差がないために、そのまま画面の下へ落ち込んでしまうように感じたからである。その流れを、新しく描く三角錐て抑えようというわけ。手の重なりがどうもうまくゆかないので、それをカバーする役割を果してくれるのではないかという期待もある。
高橋さんは絵を描きながら、よくメモをとる。三角錐を描くということも、昨日書いたメモの中にあって、今日の仕事の段取りが計算されていたのだ。メモの中には「山と服のシワの方向性」などという文字もあった。これは山の襞と服のシワの方向性が同じになりすぎているということだ。右手で描くという条件によって、いつも生じてしまう現象なのだが画面の右半分に重点のある絵になってしまう。これも昨日、仕事が終ったときに、絵を逆さにしてイーゼルに置いてながめていたときに気がついて、メモしておいた(絵を逆さにしてみるとデッサンの狂いなども発見しやすい)。
そこで山や服の襞と逆の方向性になるような模様(パターン)を服に描き入れることにした。少し安定感が得られるだろうという計算である。
バックの色がややニブイと感じたので、ここも重ね塗り。これで、再び画面全体に絵の具が塗られたので、仕事を打ちきることにした。但し、このときはすでにほぼ完成に近い状態で、最後の仕上げだけが残っているという程度だった。
5日目。髪の仕上げにかかる。初めから金髪のイメージだと感じていたが、ここまでくると髪の色、ツヤ、質感などは大きく変化して、相当のヴォリューム感も出ている。それをさらに強調するため、薄く黄色を塗ってゆく。透明描法で塗るので、下の色はそのままなのだが、黄色という色はとても強い色調を作り出す。髪の奥の部分(こげ茶色の部分)もさらに濃くされる。
髪を完成させると、そのヴォリューム感で顔の方がややフラットに見えてしまう感じだ。しかし、それも顔のシャドウ部や、頬のピンクを強調することでバランスがとれる。シャドウ部は、色を重ねてゆくにしたがって、次第に深味を増してくる。昔の画家の作品を見ると、少なくとも10回以上は色を重ねたようだと高橋さん。それだけ色の深味が違ってくる。
仕上げは、画面のあちこちで、細かな描き込みが繰り返される。眼球の透明感を出すために、白目から黒目にかけて、小さな白い面を描く(何かが映りこんで込んでいるのだろう)。眉毛は、グレーに近い肌色のラインに沿って、髪と同じ色の線を並べて描いた。樹木のこずえに緑の点を描いて、森がバックの白い山に溶け込む感じになるようにした。
これで完成である。高橋さんの場合、何日で仕上がったということがちょっと言いにくい。こんどの取材では事前に有色下地を作っておいてもらった(いつもまとめて何枚かを作っておくのである)。また1日の仕事時間が決まっているわけではなく、絵の具の乾燥のために仕事を打ち切るタイミングが決まってくる。だから、2日目のように全体にイエローオーカーを塗っただけで終わりということもよくある。
この絵を描くためにイーゼルに向かっていた時間は、18~20時間ぐらいだろうか。のべ5日間、高橋さんはこの絵にばかりかまけていたわけではもちろんない。油絵を描く場合、数点の絵が同時進行的に描き進められることが多くなるのも、乾燥を待つタイミングがあるからだろう。
●小さな点も一度塗りではっきり浮き立つ。混合技法の大きなメリットだ。
●蛍光灯は、天井ではなく窓側の壁に取りつけられている。絵を描くときは常に右上から光がくることになり、画面反射がないので描きやすい。
休憩時間に聞いた高橋さんの話でしめくくろう。「グロテスクが描きたいんですよね。ありそうでなさそうな……。自分ではシュールレアリズムだと思っているんですけどね。でもシュールって言うと、内臓のグニャグニャが出てるようなのを指すみたいだけど、そうじゃないと思う。もっと乾いていて、湿度や湿気がないものだと思っているんだけど」
乾いたシュール!それにしても高橋さんの絵の世界には、どことなく暖かみや、優しさが感じられる。(K)